(2)気候変動が北海道に及ぼす影響 ~ 観光・食・生活環境を中心に ~

独立行政法人 北海道立総合研究機構 エネルギー・環境・地質研究所環境保全部 水環境保全グループ 主査(気候変動) 鈴木 啓明 様

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 講演では、皆様が気候変動への対応を考えるきっかけになるよう、このまま温暖化が進むと北海道でどのようなことが起こるかを紹介します。
 話題として、気候変動の影響とはどのようなものであるか、様々な分野への気候変動影響としてどのようなものがあるか、そして気候変動への対応についてお話します。

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 私の所属する北海道立総合研究機構は農業試験場、水産試験場など、元々北海道立であった様々な試験場がまとまって、2010年に独立行政法人となったものです。
 この中で、私は札幌のエネルギー・環境・地質研究所にいます。
 資源エネルギー、地域地質、循環資源、自然環境、そして環境保全という分野の研究に取り組んでいますが、気候変動も、最近では重要な研究テーマのひとつとなっています。

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 まず、気候変動の影響ですが、こちらは世界の平均気温について示した図です。これまでの観測によって、世界の平均気温が既に上昇しつつあることがわかっており、将来については、観測をよく再現するモデルシミュレーションによる予測が示されています。ここでは、今後温暖化対策をとらない「4℃上昇シナリオ」の場合には気温がどんどん上昇し、およそ5℃、最大5.7℃上昇という数字もありますが、このような上昇を示す予測があります。一方、パリ協定では産業革命前からの気温上昇を2℃未満に抑える目標、さらに1.5℃未満に抑えるという2つの目標を掲げていますが、このうち2℃未満目標を達成した場合を「2℃上昇シナリオ」として青い線で示しています。この図から、今後の世界での温暖化対策、脱炭素の施策をどれだけ講じるかによって、将来が大きく変わってくることがわかります。

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 気温の上昇だけでなく、気候変動に伴い、極端な現象の現れ方も将来変わっていくと考えられます。
 例えば気温が平均的に上がるだけでなく、極端な高温も増え、それから、大雨が増える、そして強い台風が増えるなどの予測があります。
 また海については、水温や海面水位、流氷の変化などが予測されています。

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 ここからは、道総研で行った、北海道に即した研究成果を二つご紹介します。一つ目は夏の熱中症に厳重警戒すべき日数の変化です。このまま温暖化が進行した場合(4℃上昇シナリオ)に、7月・8月の熱中症に厳重警戒すべき日数がどのように変化するのかを、暑さ指数(WBGT)を指標として示したのがこちらの図です。
 2024年前後の北海道の4地点のうち、例えば札幌ではオレンジ色の「厳重警戒」および赤色の「危険」の日数が10日前後に対して、その60年後の2084年前後には、この日数が32日前後、およそ3倍に増加すると予測されています。7月・8月、合わせて62日のうち、半分以上がこうした厳重警戒以上の日数に相当することになります。

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 これが今の本州でどのぐらいかを比べてみると、60年後の札幌の値は、直近20年間の本州では新潟での観測値に近いことがわかっています。最も温暖化が進行した場合ではありますが、相当な暑さです。

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 続いて冬の生活に身近な除雪の日数が、どのように変化するかという予測です。
 20世紀末には、全道平均で13日程度であった除雪の日数が、21世紀末になるとどうなるか。

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 まず温暖化対策を世界で力を入れて行った場合の「2℃上昇シナリオ」では、全道平均で約17%減少すると予測されます。
 ただし、内陸部で元々雪の多い空知では6%程度の減少にとどまっています。

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 これが同じ21世紀末でも、温暖化が最も進行した場合の「4℃上昇シナリオ」では、全道で56%、内陸部の空知でも34%の大きな減少が予測されています。
 この場合、北海道の冬の景色が大きく異なってくることが考えられます。

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 除雪は冬では大変な作業でもありますので、負担が減って助かるという側面もあるかもしれません。一方で除雪を生業とする方には、収入が減少する原因となり、作業員や熟練者を保つことが難しくなり、技術が喪失する原因となるとも考えられます。
 一方、平均的な雪は減っても、ドカ雪は必ずしも減らないという予測もあります。2022年には全道的にこうしたドカ雪が顕著で、札幌でも交通障害などが発生したのも記憶に新しいところです。平均的には雪が減り、除雪の作業員や熟練者が減少しているなかで、ひとたびドカ雪が発生すると、交通障害等が長期化してしまうことが考えられます。このようなドミノ倒しのような変化も考えられる、ということを研究で示してきました。

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 このような冬の影響について、より直感的にわかりやすく理解するため、道総研 エネルギー・環境・地質研究所のホームページでは、北海道の冬が、気候変動の進んだ将来どう変わるのかを示した「未来の天気予報 北海道2100冬」という動画を作成し、公開しています。短縮URLも資料に載せていますので、ご関心ある方はぜひご覧いただければと思います。

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 ここまでいくつかの気候変動影響について紹介してきましたが、ここからはより分野を絞って具体的な影響を見ていきます。
 特に生活衛生関係業者の皆様に関係する分野として、観光、食、物流、生活衛生、暑熱・熱中症というそれぞれの分野で、道総研以外の研究成果も含めて紹介します。

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 まずは夏の観光への影響です。ここでは昨年秋に神戸大学などから発表された、阿寒湖のマリモが痩せつつあるという知見を紹介します。
 マリモは水温が高くなると痩せてしまうこと、ここ30~40年ほどでマリモの厚さが減少している可能性があること、今後の温暖化の進行により、マリモの厚さがさらに減少して壊れやすくなる恐れがあること、などが示されました。阿寒湖のマリモに限らず、北海道の様々な湖において、水温の上昇や、雨の降り方の変化に伴う流域からの栄養塩などの物質流入の変化によって、観光の基盤となる自然生態系への悪影響が考えられます。

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 高山では、例えば大雪山のお花畑が20年弱で大きく変わりつつあるという報告があります。
 道総研のスタッフによる研究として、アポイ岳のヒダカソウの開花の早まりも報告されています。この他にも、釧路湿原などの湿原生態系の変化など、様々な自然生態系への影響が予測されています。

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 一方冬には、雪や氷への影響も生じます。この図は、50年間ほどの観測における、オホーツク海の流氷の顕著な減少を示しています。
 下の図では、12月から5月ごろにかけての流氷の面積のシミュレーション予測を示しており、観測に近い値を示すシミュレーションの計算値が、20世紀末に比べて21世紀にどのように変化するかみると、2℃上昇シナリオの場合には約3割、4℃上昇シナリオの場合には約7割減少すると予測されています。

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 また雪については、さっぽろ雪まつりの将来影響について示します。現在、札幌周辺は緑色で示したように、30センチから60センチ程度の積雪がありますが、21世紀末になると周辺の雪がなくなり、その周囲の離れたところから雪を運ぶため、採雪費が増加すると予測されています。これは21世紀末の予測ということで、まだ遠いことのように思われるかもしれませんが、札幌では実際に雪不足の年があり、また昨冬には2月に季節外れの高温で雪や氷が融けることも生じています。近年の雪不足も一因として、2027年から開催方法の変更が検討されることが報道されました。雪の変化も遠い先の話ではなく、差し迫ったこととして捉える動きがあることがわかります。雪の変化はスキー場にも及ぶと考えられます。スキー場の雪の減少は北海道以外でも生じており、本州の方がより切実な問題である場所も多いことから、北海道への需要は相対的に高まる可能性もありますが、これまでのような雪質はなかなか楽しめなくなることも予測されています。

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 続いて食への影響です。ここでは農作物の収量や品質がどのように変わるのかの予測結果を紹介します。水稲(米)については量、質ともにプラスの影響があると予測されていますが、多くの作物では、特に品質は、マイナスの影響も予測されるものが多く、ジャガイモは量・質ともにマイナスの影響が予測されます。また昨年2023年は記録的な猛暑により、これらの作物のほとんどで、生育障害などマイナスの影響が報告されました。
 農作物の他、畜産にも影響が現れ、生乳の生産量の低下や、牛や豚の死亡数の増加なども報告されました。このように、今までのやり方が難しくなってきているという面がある一方で、今までは涼しくて栽培が難しかった、本州で栽培していた作物が北海道で導入ができるようになっている一面もあります。今までとはやり方を変えていくことが求められてきています。
 輸入品も気候変動の影響を受けます。例えばコーヒーは、世界の中でも限られた気象条件下で栽培されていますが、近年、温暖化などによってその生産量が減少しつつあり、2050年にかけてコーヒーを今のように飲むことは難しくなることが懸念され、コーヒー2050年問題と言われています。この例のように、北海道外から輸入するものについても、影響が予測されます。

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 水産物では、様々な水産物について資源量の減少が報告されています。観測動向については数十年の海洋環境の変化なども関係し、全てが気候変動によるものとは言い切れませんが、シミュレーションによる数十年先の予測でも、ここで示したような北海道の様々な代表的な水産物について、マイナスの影響が予測されています。
 一方、プラスに働く新たに取れるようになる水産物もあり、例えばブリが代表的なものです。このように、水産物についても新たに取れるものを生かしていくことが考えられますが、実際には今まで食べる習慣のなかったものを取り入れていくには、啓発や加工技術の普及に時間がかかることになり、どう対応するかが課題となります。

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 こちらの表では、気温とともに売れ始める商品が変わることを示しています。
 例えば、今までは26℃前後でアイスクリームが売れていたのが、気温が上がって29℃ぐらいになるとシャーベットが売れ始める、といったように、今後の気温の上昇に伴って北海道民の趣向も変わっていくことも考えられます。

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 続いて物流等への影響を、大雨の変化と関連付けて見ていきます。この写真は、2016年に台風が立て続けに襲来し、台風10号の接近に伴って、南富良野で空知川が氾濫した際の写真です。この2016年の災害では人命も失われており、北海道に大きなインパクトを残しましたが、その後も、道内でも河川氾濫が多数発生しています。北海道外についても見てみますと、多くの死者が発生する豪雨が毎年のように発生しています。
 今年の秋田、山形の大雨や能登半島での大雨も記憶に新しいところです。こうした大雨による被害が、気候変動が進行した場合、さらに拡大することが予測されています。

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 例えば十勝川と常呂川の流域では、浸水面積や農地の被害面積、想定死者数などについて大幅な増加が予測されています。影響は大河川だけではなく、むしろ、整備の遅れる上流部や中小河川では特に注意が必要であることも警告されています。
 また、極端な大雨や強い台風は洪水や土砂流出をもたらし、波及して、農林水産業や製造業、経済活動などへの影響をもたらすことがあります。また、洪水の被害が発生した場所ではインフラが寸断され、復旧が遅れることによって、健康や生活への悪影響が発生してしまうことが、西日本豪雨など近年の災害でも報告されています。

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 次に、衛生環境への影響です。大雨による災害は、ゴミの発生や病原菌の拡散など、衛生面の問題に繋がる場合もあります。気温の上昇による衛生の影響では、例えば食中毒警報の発令の基準の一つに「日最高気温28℃以上が予想される」という基準があります。今までの北海道では、この基準に達さない日も多かったのが、気温が上がっていくと超える日が多くなり、食中毒が起こりやすくなると考えられます。感染症では、デング熱等を媒介するヒトスジシマカの生息域の拡大が2010年代に問題となり、青森県まで生息域が北上しています。今後の気温上昇とともに、北海道でも生育が拡大する可能性があります。このような、感染症を媒介するような生物の侵入にも注意が必要です。

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 影響の紹介の最後、暑熱や熱中症についてですが、グラフは年ごとの北海道の熱中症救急搬送者数を示したもので、2021年や2023年は北海道だけでも2000人、3000人と人数が増加しています。そのうち約半数が住居で発生し、住居以外が残り半数を占めています。また、札幌市以外の地方部のほうが、札幌市内よりも人口当たりの熱中症搬送者数が多く、要因として、地方部で高齢化率がより高いことが考えられます。本日、お集まりの皆様方の仕事には、熱を扱う、直射日光が当たる、気温差の大きいなど、特に熱中症に注意をする仕事に就いている方も多いかと思います。お客様も従業員も守るため、暑さの対策が来夏、この先の夏にも注意が必要になるかと思います。仕事場の熱中症対策はホームページでも紹介されており、私が見た中では、厚生労働省のホームページではイラストも交えてわかりやすく紹介されていますので、参考になると思います。

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 今後熱中症の危険度はさらに増加することが予測されていますので、今触れたような熱中症の対策がさらに重要になると思います。
 ここまで、いくつかの分野での気候変動の影響を具体的に紹介してきましたが、様々な影響があり、どのような業種でも気候変動影響と今後無縁ではいられない、ということを改めてお伝えしたいと思います。

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 最後に気候変動への対応についてご紹介します。本日のセミナーでテーマとしているような「脱炭素」、ここでは「緩和」とも書いていますが、このような温室効果ガスの削減は喫緊の課題であり、この先10年、10数年の間に、世界で急速な削減が求められています。一方で、既に現れている気候変動の影響もあり、温室効果ガスを削減しても当面は避けられない影響もあることから、それらに適応する、備える、ということも重要となります。後のスライドでこうした「適応」についてもご紹介いたします。

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 まずは脱炭素についてですが、私達の研究では北海道の暑さの影響も、脱炭素をするかしないかで大きく変わることを示した結果があります。図では、2024年、2084年とその前後も含めて比較をしますと、熱中症に警戒すべき日数が1994年から2084年にかけての90年あたり、28日増加するという数字が示されています。
 ただし、これは温暖化が最も進んだ場合の「4℃上昇シナリオ」で想定されるもので、パリ協定の2℃未満目標を達成した場合である「2℃上昇シナリオ」では、今までよりは熱中症に厳重警戒すべき日数は増加するのですが、増加のペースは半分弱に抑えられます。脱炭素の有無が、将来世代の道民の生活にも大きく影響することを示しており、対策を取ろうと考えるきっかけにして頂ければと思います。

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 一方、図でも示したように、熱中症をもたらすような暑さの進行は、今後一定程度は避けられないことも事実です。そこで緩和とともに適応の必要がある、ということもご紹介したいと思います。例えば、暑さに伴う熱中症リスクの増加への適応として、暑さ指数(WBGT)を確認する・測定することが、すぐにできる対策として挙げられます。
 本日、暑さ指数を計測する機械を持ってきていますが、これは研究用の精密なもので、2万円程度と高いものですが、簡易的な把握であれば、家電量販店で1000円前後から入手できるものもあります。まずは測ってみないと気がつかないことも多いと思いますので、皆様の安全のため、対策を取るきっかけにして頂ければと思います。

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 暑さ対策については、このスライドに紹介したように、取り組める様々な対策がありますが、経済的な理由などでエアコンを設けられないご家庭もあるなか、暑さが非常に厳しい日には、エアコンなどの暑さ対策が整った公共性のある施設を、誰もが利用できる「クーリングシェルター」として指定し、開放するという取り組みも進んでいます。
 ひょっとすると本日のお集まりの皆様の中でも、ホテルなど公共性のある施設は、今後こうしたクーリングシェルターに指定する動きも出てくるかもしれませんので、ご紹介いたします。

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 適応として紹介する事例には、様々な影響に対する対策が含まれていて、例えば大雨災害への対策、大雪災害への対策といったものもありますが、ここで紹介しているものは、必ずしも、今までにないような新しい取組みではありません。いままで気候変動をあまり意識せずに取り組んでいたことを、今後の気候変動もふまえ、改めて力を入れて取り組んでいくことも重要です。一方で、例えば暑さが年々厳しくなっている中で、涼しさを求めるような新たなニーズに応えるようなサービスを提供すること、あるいは新たに使える産物を活用するなど、ビジネスチャンスとして利用できる側面もあります。

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 緩和や適応の取り組みは、ご紹介してきたように、事業所や個人で取り組めることがありますが、より広域で、地域を挙げた取り組みとして検討されているものもあります。
 緩和については北海道が「ゼロカーボン北海道」を宣言し、市町村単位での「ゼロカーボンシティ宣言」も多くの自治体が宣言しており、取組みが加速しつつあります。
一方、適応についても、自治体単位での計画策定が進みつつあり、持続可能な北海道の地域作りを進めるため、より長期的な視点で、今後重要性がさらに増していくのではないかと思います。

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 最後のスライドです。北海道では、今後の持続可能性という点で、各地域、そして事業所で様々な対応が求められ、変化が求められる状況にあります。そうした中で、気候変動への緩和・脱炭素と適応についても、人口減少、担い手の減少、インフラの老朽化などの問題と別々に考えるのではなく、同時を解決できるような良いアイディア、知恵が求められています。
 私達の研究所でも、北海道内の様々な課題を同時に解決できるような提案ができないかという視点で、研究に取り組んでいます。
 本日お集まりの皆様の中では様々な業種の皆様がお集まりと思いますが、業種などの垣根を越え、持続可能な北海道、地域社会を作っていけるよう、できることを一緒に考え、取り組んでいければと思います。
 以上で私からのお話を終わらせていただきます。ありがとうございました。